身近な疑問から学ぶ“生物多様性”のFAQ

干潟で潮干狩り

生物多様性の保全についての一般社会の認識とよくある誤解を検証します。生物多様性は未来の問題ではなく、現在進行形で私たちの生活に直結していること、そして農業、漁業、林業などの産業に影響を及ぼします。また、生物多様性の恩恵、絶滅問題、特定種の喪失が及ぼす影響などに焦点を当て、個人の行動が社会全体に与える影響を探ります。

「生物多様性」に関する一般社会の認識

この記事を読んでいる方は、生物多様性に関心がある方だと思いますが、一般社会ではどうでしょうか。

内閣府が2022年におこなった世論調査では、7割強の人が生物多様性という言葉を知っていて、意味も理解している人は3割でした。

また、電通が2023年に世界六カ国に対して行った調査では、各国とも認知度は高いものの、特に日本において内容への理解・関心は低い状態にとどまっているようです。

「生物多様性」用語の認知度・理解度
出典:ウェブ電通報

これを明確に示しているのは、「絶滅危惧種・の崩壊への関心」の低さで、六カ国の中で日本はダントツの最低でした。ドイツ・フランスの半分、タイや中国より低い有様です。

こうした状況は、絶滅危惧種のウナギが値段の高さばかり取り沙汰される様子からもうなずけるところでしょう。

絶滅危惧種・生態系の崩壊への関心
出典:ウェブ電通報

多くの日本人にとって「生物多様性」とは、絶滅危惧種の保護の話にとどまったり、専門家が危機を煽って自分たちの生活や経済に制限を加えようとしているという、反発につながっているのかもしれません。

しかし実際の所、「生物多様性」とは安定した水や食料の提供など、我々の日常生活に大きく関わっています。

「生物多様性」に関するよくある誤解

生物多様性は、自分には関係ない話題と思われがちです。ここでは、よく見かける話を列挙してみました。

  • 生物多様性の保全は一部の主張に過ぎない
  • 生物多様性は「遠い未来の問題」で今は関係ない
  • 生物多様性の保全は農業や経済の発展を阻害する
  • 絶滅は自然の摂理で、人間が介入すべきではない
  • 特定の種が失われても大きな影響はない
  • 個人が生物多様性に対してできることはない

生物多様性の保全は一部の主張に過ぎない

生物多様性の保全は一部の意見ではなく、国の方針であり、国際的なコミットメントの一部です。

例えば、日本も締結している国際条約「生物多様性条約」により、加盟国は生物多様性の保全と持続可能な利用を促進する義務を負っています。この条約は、生物多様性の重要性を認識し、地球上の生命の多様性を守ることが人類共通の課題であると位置づけています。

また、日本国内においては、「生物多様性基本法」が生物多様性の保全と持続可能な利用を推進するための基本的な方針を定めています。さらに国の「生物多様性国家戦略」、自治体の「生物多様性地域戦略」など多重的に生物多様性保全の枠組みが設けられています。

日本が「生物多様性条約」を締結したのは1992年、「生物多様性基本法」の成立は2008年、「生物多様性国家戦略」は1995年にはじまり、現在の「生物多様性国家戦略 2023-2030」まで、6次にわたって策定されています。

また自治体の「生物多様性地域戦略」は「生物多様性国家戦略」及び「生物多様性基本法」で自治体の努力義務が課されているものです。例えば福岡県の「生物多様性地域戦略2022-2026」は240ページに及ぶ大作です。

都道府県及び市町村は、生物多様性国家戦略を基本として、単独で又は共同して、当該都道府県又は市町村の区域内における生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。

生物多様性基本法第13条第1項

生物多様性は「遠い未来の問題」で今は関係ない

生物多様性の問題は、遠い未来の問題ではなく、現在進行形の重要課題です。例えば、食料安全保障、公衆衛生、自然災害のリスク軽減など、私たちの日常生活に密接に関連しています。


農業、漁業、林業など、多くの産業は健全な生態系と生物多様性に依存しています。生物多様性の低下はこれらの産業に悪影響を及ぼし、持続可能性が損なわれます。

また、気候変動と生物多様性の低下は相互に関連しており、一方が他方に影響を及ぼします。生物多様性の高い生態系は、気候変動緩和において重要な役割を果たすことが知られており、その保全は気候危機に対処する上で不可欠です。

これらの理由から、生物多様性の保全は「遠い未来の問題」ではなく、現在進行形であり、私たちの日常生活、経済活動、そして地球の健康にとって急務であると言えます。

生物多様性は、種の絶滅や生態系の消滅などの形で捉えられがちですが、その結果我々の生活にどういう影響があるでしょうか。

実は、水・酸素・食料など当たり前に思っているものも、生物多様性の恩恵です。例えば、資源の減少によって寿司ネタがなくなったり高騰するなどの形で、日常生活にもすでに影響が現れています。

生物多様性の恩恵

生物多様性の恩恵は、「基盤サービス」「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」として分類されています。

  • 基盤サービス(Supporting Services)
    生態系が提供する基本的なサービスで、土壌の形成、光合成、栄養素循環などが含まれます。これらは生態系の健全性を維持し、他のすべての生態系サービスの基礎を形成します。
  • 供給サービス(Provisioning Services)
    食料、水、薬草、木材など、直接的に私たちの生活に必要な物資を提供します。生物多様性が豊かな生態系は、これらの資源を豊かにし、安定した供給を可能にします。
  • 調整サービス(Regulating Services)
    気候調節、洪水制御、病気の制御など、生態系が自然のバランスを維持し、人間の生活環境を整える機能を提供します。例えば、都市部における緑地の増加は、ヒートアイランド効果の軽減に役立ちます。
  • 文化的サービス(Cultural Services)
    自然環境は、レクリエーション、精神的な癒やし、教育、文化的アイデンティティなど、人間の精神的な満足や文化的な豊かさを提供します。自然の美しさや多様性は、アート、音楽、文学、そして宗教的な価値

生物多様性の保全は農業や経済の発展を阻害する

案件単位では両者が対立することもありますが、中長期的には生物多様性が持続可能な発展を支える重要な要素となります。

例えば、自然度が高い用水路がコンクリ化されると、多くの生き物が姿を消します。その保全に対して「では維持管理は誰がやるのか」「お金も出さずに口出しするな」といった反応が見られます。

用水路等の整備に用いられる「多面的機能支払交付金」は、農業・農村がもつ食料等の生産以外の機能を発揮するために、農業団体等の活動に支払われる交付金制度です。年約1600億円が税金が投入されています。

多大な税金が投入されている以上、その名目通り自然環境の保全に配慮した工法であるかに対して意見をいうことは、問題ないでしょう。

第三条この法律において「農業の有する多面的機能」とは、国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能をいう。(下線部は筆者)

農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律

次に、希少種生息地を開発するような案件では、実質的に代替案が存在せず、開発中止を迫るものになることがあるのは事実です。土地の所有者としては不満があると思いますが、そもそも論としては、希少種がいても開発可能な日本の法体系が弱腰であると言えるでしょう。

例えば、種の保存法「国内希少野生動植物種」で保護されている生き物は捕獲・殺傷が禁じられる一方、開発して生息地を潰すことはOKという矛盾は、長年指摘されてきたところです。

また、経済活動にあたって配慮すべき事項があることは、目新しい概念ではありません。例えば経済効率だけ考えれば、産廃を放置したり工場排水をその辺に放出する方が儲かるでしょう。

しかし実際には産廃問題や四大公害などを経て、それぞれ法律で規制されるようになっています。

絶滅は自然の摂理で、人間が介入すべきではない

外来種問題を含め、人類が及ぼす影響は多大であり、過去多くの生き物を滅ぼしてきました。つまり、「自然の摂理」ではありません。

自然界において、絶滅は歴史のなかで常に存在してきた現象です。しかし、現代における多くの絶滅は、自然の進化の過程ではなく、人間の活動によって引き起こされています。これには森林破壊、乱獲、生息地の喪失、汚染、気候変動、外来種の侵入などが含まれます。

多くの自然を破壊してきた人類ですが、言葉が通じる存在でもあります。生息地の保全、持続可能な資源管理、汚染の削減、外来種の管理など意図的な介入が可能なのも人類であり、その責任を持っています。

特定の種が失われても大きな影響はない

人類はある種が生態系のなかでどういう役割を果たしているか全容を把握するにはほど遠く、したがって将来の影響を避けるには全体を保存するしかありません。

「人間の役にたっていない種が滅んでも人間には影響ないだろう」という主張があります。では、ある生態系で1種1種と姿を消していったとき、どの時点からその生態系は崩壊してしまうでしょうか。誰にもわかりません。

乱獲によるウナギの減少は高騰を招き、養殖技術の発展が望まれています。ところが2005年になるまで、マリアナ海峡付近で産卵していることは誰も知りませんでした。トキは日本をあげて保護しましたが、一旦いなくなってしまいました。

有名種・注目種でもそうなのですから、世の中にその生活史や役割が知られていない生き物の方が多いと考えた方がよいでしょう。

ある種やある生態系が失われた時、人類がそれを再現することは難しく、自然環境で勝手に増えていたり、持続可能な状態の方が「楽」なのです。

個人が生物多様性に対してできることはない

各個人が生物多様性に貢献する選択をしていくことが、社会を動かします。

生物多様性のめぐみが水や食料にも及んでいるということは、日々の購買ひとつひとつが生物多様性に直結しているということです。

例えば、些細な炎上でも中止されるCM業界において、絶滅危惧種であるウナギのCMが可能なのは、社会がそれを許容しているからです。より持続可能な選択肢を選んでいくことは、個人単位で可能なアクションです。

昭和の時代はオフィスでタバコを吸うのも当たり前、シートベルトなしの運転もOKでしたが、今はどちらも一般的ではありません。このように、社会や社会を構成する常識は数十年あれば十分変わっていきます。

持続可能な選択肢を選んでいくことが社会を変えていく

一般的な誤解を元に、生物多様性は水や空気・食料など日常生活やその基盤に密接に関わっていることを示しました。

生物多様性の保全は国の方針と国際的なコミットメントの一部であり、農業、漁業、林業など多くの産業が健全な生態系に依存しています。

また、気候変動と相互に関連し、持続可能な未来にとって不可欠です。個々の行動が社会全体の変革につながるため、一人ひとりが持続可能な選択をすることが、将来を変えていく一歩になるでしょう。